コーヒーが好きではなかった私が、珈琲屋店主になるまでの話

『焙煎という”見えない技術”との闘い』
達人の焙煎を真似ると、
確かに、これまでとは違うコーヒーが出来上がる。
けれど、
同じにはならない。
似ている。
しかし、決定的に違う。
その差が、どうしても埋まらないのです。
データを集め、試し、また試す。
うまくいくこともあれば、まったく外れることもある。
それでも、そのコーヒーは店で使わなければならない。
「美味しいものを出したい」
その一心でやっているはずなのに、
未完成のものを提供している現実。
今思えば、冷や汗が出るような日々でした。
そんな行き詰まりの中で、
一人の人物と出会います。
コーヒー豆の卸をしていた、K氏。
大手での経験を経て、
“本当に美味しいコーヒーを作りたい”と独立した人でした。
話はすぐに噛み合いました。
そして、私が感じていた限界、
「他人に焙煎を任せることの壁」も、すぐに見抜かれます。
そのとき、K氏がこう言いまた。
「自分でやってみませんか」
自宅にある小型の焙煎機を、
使っていいというのです。
迷いはありませんでした。
むしろ、それを待っていたのかもしれません。
自分の手で焙煎する。
その瞬間から、すべてが変わりました。
豆がどう変化するのか。
どの焼き方が、どんな味になるのか。
一つひとつを、自分の目で確かめることができる。
回数も重ねられる。
経験が、そのまま蓄積されていく。
これは大きな前進でした。
他人任せでは、決して得られない領域です。
さらに、その焙煎機は
それまでとは違う「直下式」
構造が変われば、味も変わる。
焙煎には、いくつかの方式があります。
熱風で煎るもの。
直下で煎るもの。
その中間のもの。
それぞれに特性があり、
どれが正しいというものではない。
ただ、
“どう使いこなす”かで、結果は大きく変わる。
私はこのとき、ようやく
「自分でコーヒーを作る」という入口に立ちました。
(次に続く)
『焙煎において、人の技術が活きる領域とは?』

委託焙煎から抜け出し、
自分たちの手で焙煎できるようになった頃。
さらに大きな経験が訪れます。
K氏の紹介で、
業務用の大型焙煎機を見学する機会を得たのです。
目の前に現れたのは、
“機械”そのもの、でした。
私の背丈を超える大きな窯。
大量の生豆が吸い込まれ、
一定のリズムで回り続ける。
その光景は、まさに圧倒的でした。
そして、思いがけず
その焙煎に関わらせてもらう機会を得ます。
タイミングを見て、指示を出す。
――いつも通りにやればいい。
そう思った瞬間、違和感が走りました。
「・・・合わない」
同じタイミングで判断しているはずなのに、
まったく噛み合わないのです。
理由はすぐに分かりました。
この機械は、
“人が細かく介入する前提”で作られていない。
火力や排気は連動し、
安全性を優先して自動的に制御される。
つまり、
人の感覚が入り込む余地が、ほとんどないのです。
例えるなら、大型船。
舵を切っても、すぐには反応しない。
大きく、ゆっくりとしか動けない。
一方で、小さな焙煎機は違う。
「今だ」と思った瞬間に、反応する。
この差は、決定的でした。
出来上がったコーヒーは、確かに安定しています。
けれど―――
どこか無難で、
どこか面白みがない。
“整ってはいるが、響かない”
そんな印象でした。
この経験で、はっきりと見えてきました。
焙煎において、
人の技術が活きる領域には限界がある。
おそらく―――
15㎏前後までの中型機。
それ以上になると、
どうしても機械の領域に入ってしまう。
だからこそ、全国の自家焙煎店は、
そのサイズに収まっているのだと理解しました。
そして、もう一つ。
私たちは決断します。
―――自分たちの焙煎機を持つ。
「思うようなコーヒーを作るには、それしかない」
そう確信したからです。
時代も追い風でした。
市場には、古くなったコーヒー豆が並び、
価格も決して安くはない。
そこに、新鮮で、
自分たちの手で仕上げたコーヒーを出せば―――
結果は、明らかでした。
こうして、私の焙煎は、
次の段階へと進んでいきます。
(次に続く)
雑味のないコーヒーを見てみる。
『焙煎は思っていたより、はるかに深い』

ついに、自分たちの焙煎機を手に入れました。
“ヤドカリ焙煎”からの卒業です。
導入したのは、半直下の8㎏焙煎機。
この時はまだ、
この機械と長い付き合いになるとは思っていませんでした。
これで、思う存分できる。
そう思いました。
見てきたもの。
集めてきたデータ。
それをすべて注ぎ込めば、
理想のコーヒーに近づけるはずだと。
―――しかし、
現実は、甘くありませんでした。
確かに、方向性は似ている。
けれど、決して同じにはならない。
焦るほどに、ズレていく。
気がつけば、深みにハマっていました。
やればやるほど分からなくなる。
まるで、出口のない迷路です。
そのときの私には、まだ見えていませんでした。
焙煎というものの、本当の難しさが。
後になって分かったことがあります。
焙煎は、単なる”再現”ではない。
機械が違えば、結果は変わる。
同じ半直下でも、
バーナーの位置が違えば熱の入り方が変わる。
排気も同じです。
煙突の長さや曲がり方ひとつで、
抜け方は微妙に変わる。
つまり―――
焙煎機には、それぞれの”クセ”がある。
同じデータを当てはめても、
同じ結果にはならない理由です。
さらに言えば、環境も変わる。
季節。
外気温。
豆の温度。
夏と冬で、お湯の沸き方が違うのと同じです。
条件が違えば、
同じ操作でも結果は変わる。
ここで、ようやく気づきます。
集めてきた”生データ”は、
そのまま使えるものではない。
あくまで、参考にすぎない。
―――では、どうするのか。
答えはまだ、見えていませんでした。
ただ一つ、はっきりしていたのは―――
「焙煎は、思っていたよりはるかに深い」
ということです。
頼りにしていたものが通用しない。
その現実に、私は立ち尽くしていました。
もしあなたが―――
・コーヒーは苦いだけだと思っている
・飲んだあとに重たさを感じる
・本当に美味しい一杯に出会ったことがない
そう感じているなら、
一度、試してみてください。