コーヒーが好きではなかった私が、珈琲屋店主になるまでの話

『本気なら、生豆と焙煎を知らないといけない』
その店主は、
のちに”私の師”となる人でした。
布ドリップの一杯に、
呆れるほど真剣に向き合う人。
私はいつしか、その姿に惹き込まれていきます。
気がつけば、足しげく通い、
カウンターに座っては、ただ黙って見ている。
コーヒーを淹れる、その一瞬一瞬を。
今思えば、随分と変わった客だったはずです。
それでも店主は、嫌な顔ひとつせず、
私の質問に丁寧に答えてくれました。
本で得た知識をぶつけると、
返ってくるのは、無駄のない言葉。
正しい。けれど、表面だけではない。
“現場の答え”でした。
そのやり取りの中で、私は知ります。
知識だけでは、辿り着けない世界があることを。
そして、いつしか思うようになります。
――この道で生きてみたい。
コーヒーを職業にしたい。
ある日、意を決して、その想いを伝えました。
店主はしばらく黙り、
やがて静かにこう言いました。
『本気なら、生豆と焙煎を知らないといけない』
その一言で、景色が変わりました。
“淹れる”だけでは足りない。
コーヒーの本質は、その前にある。
けれど、
焙煎の世界は、簡単には入れない。
求人を探しても、あるのは営業職ばかり。
望む現場には、なかなか辿り着けない。
それでも動き続け、いくつかの会社にあたります。
その報告をすると、店主は首を振ります。
「そこで学んでも、本物にはならない」
厳しい言葉でした。
けれど同時に、
どこで学ぶかが、すべてを決めることも知りました。
そして、店主が紹介してくれたのが、
大阪・難波にある、ある一軒の店。
私の進む道が、
はっきりと形を持ち始めた瞬間でした。
(次に続く)
今も変わらず、
雑味のないコーヒーを追い続けています。
『本物の焙煎を学べ』

「本気なら生豆と焙煎を学べ」
その言葉に背中を押され、
紹介されたのが、
大阪・難波にある、老舗の自家焙煎店でした。
そこの社長は、焙煎歴50年を超える職人。
深煎りが主流の時代にあって、
ひたすら”浅煎り”を追い続けてきた人物です。
使う生豆も、一切妥協なし、
ここなら、本物が学べる。
そう直感しました。
何度か客として通い、味を確かめる。
当時の私でも分かるほど、
そのコーヒーは”澄んで”いました。
そして、ある日。
店先に出ていた「求人募集」の文字。
迷いはありませんでした。
その場で面接を受け、
私は店に入ることになります。
いよいよ、修行の始まりです。
胸の中は、期待でいっぱいでした。
「これで焙煎が学べる」
そう思っていたのです。
けれど現実は、違いました。
最初に任されたのは、
食器洗いと、先輩の補助。
焙煎どころか、
コーヒーに直接触れる機会すらほとんどない。
ただ、横で見ているだけの日々。
それでも私は、どこかで思っていました。
「自分の方が、うまく淹れられるかもしれない」
今思えば、完全な思い上りです。
何も分かっていなかった。
技術も、経験も、覚悟も。
それでも、辞めようとは思いませんでした。
ただ、くすぶるような時間が続きます。
そんなある日。
思いがけないチャンスが巡ってきました。
社長が焙煎を行うとき、
必ず一人、”補助”がつく。
生豆を量り、焙煎後の豆を整理する役目です。
ところが、
その役目は、誰もやりたがらない。
気難しい社長のそばにつくのを
先輩たちは敬遠していたのです。
そこで、白羽の矢が立ったのが、
新人の私でした。
迷う理由はありません。
むしろ、願ってもない機会でした。
焙煎の現場を、
間近で見ることができる。
それは、
私にとって、最高のポジションでした。
こうして私は、
焙煎のすぐそばに立つことになります。
すべては、ここから始まります。
(次に続く)
『学ぶべきものは、焙煎に向き合う、その”姿勢”』

焙煎補助として、
私はついに”その場所”に立つことになります。
達人のすぐそば、
生豆を量り、準備し、
煎り上がった豆を冷まし、整理する。
仕事そのものは、いわゆる雑用です。
けれど、
目の前で行われていることは、
まったく別の世界でした。
何度で豆を投入するのか、
どのタイミングで火を入れるのか。
火力は、どこで、どう変えるのか。
見えるものは、すべて覚えました。
一つ残らず、頭に叩き込む。
これで、近づけるはずだ。
そう思っていました。
けれど、今振り返って
本当に強く残っているのは、別のものです。
技術ではない。
数字でもない。
焙煎に向き合う、その”姿勢”でした。
一切の妥協なく、
一豆一豆と向き合う、あの空気。
それこそが、
本当に学ぶべきものだったのだと思います。
当時の私は、まだそこに気づいていませんでした。
見たものを、そのまま再現すればいい。
そう考えていたのです。
実際に、師匠の店で
オーダー焙煎を試みました。
自分が見てきた”データ”をもとに
細かく指示を出していく。
そして、出来上がったコーヒーは、
確かに、変わっていました。
これまでとは違う味。
方向性は、合っている。
けれど。
何かが、決定的に違う。
似ているのに、同じではない。
完成度で言えば、6割か7割。
飲める。
けれど、胸を張って「美味しい」とは言えない。
その違和感が、
はっきりと残りました。
――なぜ、同じにならないのか。
答えは、まだ見えません。
こうして私は、
長い試行錯誤の中に入っていくことになります。
あの頃の私は、
コーヒーの「本当の味」を知りませんでした。
苦くて、重くて、
ただ我慢して飲むものだと思っていたのです。
けれど――
一杯のコーヒーが、その常識を変えました。
澄んでいて、やわらかくて、
体にすっと入ってくるような一杯。
「こんなコーヒーがあるのか」と、
心から驚いたあの日。
あの感覚を、もう一度届けたい。
そんな想いで、今も焙煎を続けています。